映画『エルネスト』サポーター世界最速試写会舞台挨拶

オダギリジョー「この話を聞いた時からやりたい気持ちMAXだった!」






9月13日、演技派俳優で知られるオダギリジョーが主演する映画『エルネスト』のサポーター世界最速試写会が、東京・TOHOシネマズ新宿にて行われ、舞台挨拶にメガホンをとった阪本順治監督と登壇した。




本作は、今年 2017年に没後50年を迎えるキューバ革命の英雄“エルネスト・チェ・ゲバラ”。革命家の彼の“意志”に共感し、ボリビアの軍事政権との戦いで、1967年8月に25歳の若さで散った実在の日系人、オダギリジョー演じるフレディ前村ウルタードの知られざる生涯を、日本・キューバ合作で描く。




本作で、実在の日系人・フレディ前村ウルタードを演じたオダギリは「はじめて監督からこの話を聞いた時から、もう、やりたい気持ちがいきなりMAXで、すぐにやらせてくださいと答えたんです」と、気持ちが高ぶるほどだったという。


また、ここまでやりたいと思わせる要因については「やっぱり、想像もできないような困難な道だろうという思いだったんです」と、オダギリ。


「なんとなく20年も芝居をやってると甘えや慣れとかそういうものが付き纏って、そういうのをすべて排除して真剣に取り組まないといけない高いハードルが見えていたので、これは初心に戻してもらう意味も込めてやりたいです」と。即答だったとことを明かした。


これまで日系人とはいえ、演じることがなかった役とオダギリ。「人生であると思ってなかったし、自分の中で失敗と思うような結果にしたくなかったので、この機会は僕にとって革命みたいなこと。いまの日本映画界でこの作品を作るのも革命みたいなことなので、とにかく戦い抜こうという気持ちが強かったです」と、想いを語り、全編スペイン語で演じたオダギリは「いろいろな準備をしなくてはならなかったので、普通とは違うアプローチを時間をかけてやりました」と、ストイックさと、その言葉に力強い想いを感じるほどだった。


阪本監督からも「いろいろ準備をしていたのは知っていたが、撮影ではじめてのスペイン語のセリフを聞いて『これは僕らにとってのフレディだ』と確信できた」と絶賛すると、オダギリも照れくさそうにはにかんでいた。


阪本監督自身もスペイン語を勉強しようとしたものの頓挫し、オダギリのスペイン語のセリフは何を言っているのか途中から分からなくなっていたといい客席の笑いを誘った。



この日、映画の世界最速試写会を記念して、キューバがスペインからの毒リス戦争に勝利した時、戦勝を祝うカクテルとして広まった“クーバ・リブレ(キューバの自由)”が入った樽の鏡割りを行い、乾杯とともに笑顔をみせていた。



オダギリは「慣れや甘えはあってはいけないんですけど、みなさんは甘い感じていろいろなところで感想を言ってくださいい」とアピールし舞台挨拶を終えた。

(編集部)



【ストーリー】

1959年7月24日、外務省の中南米課のもとに1本の電話が入る。日本を訪問していた“エルネスト”・チェ・ゲバラ(ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ)らが急遽、広島へ向かったという。ほとんどの記者が興味を示さずにいたが、唯一地元の中国新聞社・森記者(永山絢斗)だけが取材に同行。ゲバラは、原爆ドームや原爆資料館などを訪れ、こう感想を述べるのだった。「君たちは、アメリカにこんなひどい目に遭わされて、どうして怒らないんだ」と。それから数年後の1962年4月、ひとりの日系人青年がキューバの地に立っていた。愛する祖国ボリビアのため、医者になることを決意し、ハバナ大学の医学部を目指してやってきたフレディ前村(オダギリジョー)である。

20歳の彼は、ハバナ大への入学を前に、最高指導者フィデル・カストロ(ロベルト・エスピノサ)によって創立されたヒロン浜勝利医学校で、医学の予備過程を学ぶこととなる。1963年の元旦に憧れのゲバラが学校にやってきて、フレディは個人的に話しかけた。「あなたの絶対的自信はどこから?」。ゲバラは答えた。「自信とかではなく怒っているんだ、いつも。怒りは、憎しみとは違う。憎しみから始まる戦いは勝てない」。そんな矢先、母国ボリビアで軍事クーデターが起こり、フレディは『革命支援隊』に加わることを決意する。ある日、司令官室に呼ばれ、ゲバラから戦地での戦士ネームである、“エルネスト・メディコ”という名を授けられ、ボリビアでの戦いへと向かうのだった……。







脚本・監督:阪本順治

出演:オダギリジョー、永山絢斗、ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ、アレクシス・ディアス・デ・ビジェガス

配給:キノフィルムズ/木下グループ


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